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平成も遠くなりにけり(池井戸潤「果つる底なき」を聴いて)

先日おすすめしたAudibleで、未読だった池井戸潤氏のデビュー作「果つる底なき」を聴きました。

江戸川乱歩賞受賞作だけあって、読み応え(聴き応え)のある作品でしたが、発行されたのが1998年。物語の舞台は1997年頃で、今から25年前くらいの話です。

話そのものはミステリーとして面白かったのですが、聴いていてとても気になったのが当時のライフスタイルの話です。いや、読んでいて「昭和どころか、平成も遠くなったな」と思ったので、その辺りを書いてみようと思います。。

「果つる底なき」に触れる前に、たまたま読んだ「現代ビジネス」の記事が内容にリンクしていて面白かったので貼っておきます。いずれ消えてしまうんでしょうが…。

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タバコ吸いすぎ

まず、とにかく主人公やその周りがタバコを吸ってます。吸いまくり。上記の記事が参照している朝ドラ(ひまわり)でもそうみたいですが、考えてみたら、この頃に放映されていた「踊る大捜査線」の中でも、刑事たちはタバコを吸いまくり、歩きタバコなんて当たり前でした。
それでも、平成に入っていたので「嫌煙」はだいぶ進んできた時期だったと思うのですが。私の亡父がチェーンスモーカーで、その頃は「どこに行っても犯罪者みたいに扱われて居心地が悪くなった」と言っていた記憶があります。昭和の頃は普通電車にも灰皿があったし、とにかく、どこでもみんなタバコ吸ってましたね。妊婦や子供に配慮するなんてありませんでしたから。

この小説の中で、タバコはちょっとしたキーになるのですが、当たり前に吸う人は多いけど、場所によってはわきまえる、みたいな過渡期のようでした。今は吸えるところのほうが少ないですもんね。

それにしても、こうやって、古いドラマや小説の中に出てくる喫煙シーンに違和感があるということは、最近のドラマ等ではそういうシーンがほぼ無い、ということの裏返しなんですよね。最近の朝ドラとかは、昭和やそれ以前が舞台でも、喫煙シーン、ほぼ無いですから。これも、コンプライアンスとか、ポリコレってやつですかね。

※ポリコレ…ポリティカル・コレクトネス。この場合、社会的に悪いことや不快感を与える表現を避けること、かな?

携帯電話がない

97年頃には携帯を持つ人も増えてきていたと思いますが(私はまだ持っていなかったかな)、この話の中ではまだほとんどいません。銀行員も持っていなかったのか?、と思いますが、連絡は家電が主。電子メールも使ってません。ひょっとして、池井戸さん(私と同世代)が銀行員時代の感覚で書かれているので、多少情報が古いのかもしれません。

IBMのノートPCが出てきますが、ネットにつながっている気配なし。当時私はワープロを使ってパソコン通信をしていた頃ですね。銀行の資料を探すのに、マイクロフィルムから取り出すとか、時代を感じますね。マイクロフィルム、久々に聞いた言葉です。今でも使っているんですかね。民間では電子化が進んでいるのではないでしょうか。

同じように、カーナビもないので紙の地図を使っている描写があります。もちろん、そちらは今でも使っている人はいるでしょうが、スマホに地図アプリが入る現代では、紙の地図を持ち歩く人はだいぶ減ったでしょうね。

セクハラ・パワハラ

当然ですが「パワハラ」というワードがない時代でもあるので、なかなかなパワハラ描写があります。部下に対する暴力的な圧力とか。

また、上司が主人公(独身男性)に「結婚しないのか?」と問うシーンで、主人公が「若い女子行員に尋ねるような質問」と評している部分、今なら立派なセクハラですね。でも、このくらいのパワハラやセクハラは今でも残っているんじゃないかと思われます。それが社会的・心情的に許されるかどうかが当時と今の違いかな。

アナフィラキシーショック

話が前後してしまいますが、この話のはじめの方で、主人公の友人が蜂に刺されて亡くなります。アナフィラキシーショックって、たぶん、今の時代なら多くの人が知っている言葉だし、蜂に1度刺された人は2度めがヤバいというのも割りと周知の事実だと思います。

これがいつの間にこんなに周知されたのか定かではないのですが、この小説の中では普通の人は知らなくて(エリート銀行員である主人公も)、「ハチのアレルギーで死ぬことなんてあるのか」と驚いたり、お医者さんでさえ、一般の人は知らない情報といったていで、「そういうのをアナフィラキシーショックといいます」みたいな調子なので、そんな認識だったっけ?、と面食らってしまいました。

そこで思い出したのが、昔薬にあたって蕁麻疹がでたときのこと。私、小さい頃~20代くらいまでは何かと薬や食べ物に当たって、ひどい蕁麻疹が出たものでした。

一度、病院でもらった薬(抗生物質)に当たり、全身にびっしり蚊に刺されたような丘疹ができてしまい、痒くて文字通り死にそうで、お昼休みだったけれどその個人医院に電話して窮状を訴えたら、「診療時間になったらまた来てください」と2時間以上放置されたのです。ものすごく痒くてつらかったのですが、今思えば呼吸困難に陥らなくて良かったです。もちろん、そんな症状が出ていたら2時間も放置されなかったでしょうが、周囲もアレルギーの急性症状が場合によっては死につながるなんて、思ってもみない感じでしたね。自分自身も命の危険があるなんて思わなかったし。

最後に

時代は、移りますね。

25年前なんて、感覚的にはついこの間なのに、ライフスタイルや意識の変化はかなり急激だったなと実感してしまいました。

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